みなみ野グリーンゲイブルズクリニック│八王子・めじろ台│分娩・産婦人科│院長紹介

院長紹介

院長ごあいさつ

みなみ野グリーンゲイブルズクリニック
院長 桑江千鶴子

みどり美しいみなみ野の土地に、産婦人科医院を開業いたします。お産と手術、産後ケアと育児支援をはじめとして女性の人生すべてにおいて、健やかに過ごせるようにスタッフ一同寄り添い支えていくつもりです。自宅でご家族と過ごしているような暖かく、質の高い医療をめざします。どんなことでもご不安があったら気軽に来院してください。

プロフィール
前 東京都立多摩総合医療センター産婦人科部長
日本産婦人科専門医
日本婦人科腫瘍学会腫瘍専門医
日本臨床細胞診専門医
東京医科歯科大学産婦人科臨床教授

私たちが大切にしていること(理念)

暖かみのある木造建築の空間で、
妊婦さんが快適に過ごせる
充実した設備を揃えました。
医師・助産師・看護師が連携を取り、
妊娠・出産への不安を取り除きます。
患者様の様々な悩みを、
産婦人科の臨床最前線で培った
技術と経験で親身にサポートします。

どうして「グリーンゲイブルズ」クリニックなの?

桑江院長の生い立ち

三人姉妹の次女として生まれる

千葉県の東京にやや近いベッドタウンに、3人姉妹の次女として生まれる。
父は旧国鉄職員で両親を早くに亡くして苦労して兄弟を育てた。祖父は外科医であったが51歳で死亡。私の実家は経済的には豊かではなかった。3歳違いの姉の上には2年前に男の子が生まれたが、戦争中で早産であり生後2週間目に亡くなった。そのために私は男の子を希望する父には「なんだ。女の子か!」という存在として誕生したらしい。父は名前もつけてくれず、母が自分の親友の名前をつけてくれた。という話をされたときのがっかりした気持ちは今でも覚えている。妹の時はあきらめたらしく父が名前を考えたということだ。

母からの教え

母は、友達や近所の人が優越感にひたって息子の自慢をすることを、常に愚痴として話してくれた。将来息子の世話になることが当たり前だった時代の話である。自分たちの老後の心配を常にしていた。
父は娘には高等教育を受けさせれば十分という考え方の持ち主で、銀行にでも就職して結婚したら専業主婦になるのがいいだろうという程度の期待であった。母はちょうど自宅を買ってそのために、外で働き始めた。手に職がないので、低賃金の仕事しかなく、私たち姉妹には、自分の苦労から手に職をつけるように言い聞かして育てた。その結果、姉はピアノの教師、妹は薬剤師になっている。私も母親の期待を胸に刻み込まれた。経済的自立について母の影響が大きい。

赤毛のアンとの出会い

小学校低学年の時に、アンに出会った。大好きになって「赤毛のアン」「アンの青春」「アンの幸福」のアンシリーズは村岡花子さんの訳で数えきれないほど愛読した。ほとんど暗記している。みなしごという不遇な身の上にもかかわらず自然豊かなアヴォンリーで、村の人々に愛されて才能と努力で幸せをつかんでいくアンの姿にどれほど励まされたかわからない。

それであたしが孤児になってしまったもんで、
どうしたらいいかみんな困ってしまったってトマスの小母さんが言ったわ。
ねえ、そのころでさえ、だれもあたしをほしがる人はなかったのよ。

ルーシー・モード・モンゴメリ『赤毛のアン』より引用

気持ちが沈んだ時やつらい時にはいつもアンがそばにいてくれた。本を読むと前向きになれて、がんばろう!と思えた。血のつながらないアンを見守り愛情深く育てたマリラやマシュウ、村の人々の存在は子供を育てる時に大切なものは何かということを教えてくれた。「赤毛のアン」は私の心の支えであった。これが名前の由来である。